Episode1:ママが俺のファッションセンスを破壊した!?

 

こんにちは、ユウキです。

 

ここからは、私がオシャレに目覚め、

このサイトを運営するまでのプロセスをさらけ出していきます。

 

 

 

まず、私の生い立ちからです。

 

 

 

私は現在20代後半。

千葉県千葉市に生まれました。

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幕張メッセが近くにあり、

かなり近代的な街で育ちました。

 

 

家も超裕福というわけではないものの、

生活には困らない。

いわゆる「普通の家」で育ちました。

 

 

一人前の大人にしてくれた両親には感謝しているのですが、

1つだけ恨んでいることがあります。

 

それが、「何でも買い与える母親の存在」です。

 

 

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心配性なのか、かわいがりたいのか、

理由は今でもよくわかりません。

 

ただ、欲しいなというものがあっても買ってはくれず、

かわりに自分が選んだ物を勝手にプレゼントする。

そんな母親でした。

 

 

特に服については基本的に全部母親が買って来た物を着る。

これは高校生まで続きました。

 

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中高生にもなればオシャレに興味も湧いてきます。

私もちょっとオシャレなお店で服を買いたかったのですが、

母親が勝手に自分に似合う(と思った)服を買って来ては着せたのです。

 

 

スポーツでも芸術でも何でも、

子供の頃にやればやるだけ才能が花開くと言われています。

私のファッションの才能は母親によって破壊されたのです。

 

 

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本当に当時は恥ずかしかったです。

 

 

私はどちらかというとクラスで活発なグループのはじっこに

くっついている様な存在でした。

 

そのため、男女で一緒に夏祭りに行ったりもしました。

 

 

中学生の頃は友達が少しずつオシャレになっていく中で、

私はオレンジのパーカーに青のデニム。黒の運動靴。

 

恥ずかしくて恥ずかしくて、

崖があったら本当に飛び降りてました。

 

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だからこそ、中高の修学旅行は地獄でした。

 

友達との思い出や観光で訪れた場所よりも、

自分の服のダサさをいかにごまかすかしか意識していませんでした。

 

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でも、こんな地獄絵図も長くは続かないことを知っていました。

 

 

「ついに母親と決別できる!」

 

そう、大学へ入ってしまえば、

何もかも自分の思い通りに服を選べることを知っていたのです。

 

 

⇒【序章】~「ダサい」と笑われたユウキがオシャレになるまでのプロセス~】へ戻る

⇒【Episode2:「その服ダサいって!」友達に囲まれ大爆笑された暗黒の日】へ進む

 

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